南信州清内路

文化

清南寺と一山一墓

清南寺は享保15年、飯田の善勝寺の掛所として許可されたお寺です。享保16年に本尊を京都にお願いし、元文3年(1738)に本尊を迎えました。この清南寺がある上清内路地区は、お墓が一つしかない「一山一墓」制をとってきました。檀家はどんなに仲が悪...
文化

出作り

下清内路で1940年代まで盛んだった全国的にも珍しい農耕の文化。集落付近に耕地が少ないため、養蚕や煙草栽培、山畑づくりのため4月末~10月頃までの半年余りを、集落内の住居から耕地のある山腹の家(山の家)に家財の大半を運んで生活しました。車の...
文化

観音山と観音講

毎年4月27日に行われます。歴史などの詳細は不明ですが、梨子野峠に観音様が祀られた年以降に始まったと考えられます。梨子野峠に祀られていた三十三観音は下清内路を見下ろす観音山に遷されています。観音講は観音様を祀る祭主が観音山へ登り観音様へ花や...
文化

種田山頭火

山頭火は放浪流転を繰り返し、各地で旅の人生を送りました。清内路には1934(S9)年に訪れ、現在の長田屋商店に宿泊しています。また、全国で44番目の碑が設置されています。他にも清内路には6つの碑があります。【七々平】 山深く蕗のとうなら咲い...
文化

清内路関所跡

清内路関所は信州七関の一つで、伊那谷を制した武田晴信(信玄)が1556(弘治2)年に蘭山(清内路峠)に設置。その後、1601(慶長6)年に番屋沢に、1672(寛文12)年に下清内路集落内の現関所跡に移されています。現跡地に設けられた関所の敷...